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[論評]『リリカルなのはStrikers』はなぜ苦戦しているのか(1:シンプルな人数の問題)

※このエントリを書いた2007/5/23現在、blog主は8話『願い、ふたりで』までを視聴。
そこまでのネタバレがはいっています。

『リリカルなのはStrikers』は、現状、前二作にくらべて苦戦気味だ。
原因の所在はたぶん、もう明確だと言っていいと思う。
非常に人間関係が複雑だからだ。

この複雑さが『Strikers』の物語にどういう悪影響をおよぼしているかを、端的に見るいい方法がある。
本編が、どういう画面を作っているかをチェックしてみるのである。
ここまでの物語の中に、機動六課メンバーとその家族以外の人間がほとんど登場してすらいないとわかるはずだ。
つまり、機動六課の中で話が完結して、閉鎖してしまっているのだ。

なにを説明するより、機動六課の、物語を引っ張るふたつの分隊を書き出すだけでいいと思う。

スターズ分隊(なのは分隊)として、
隊長:なのは
副隊長:ヴィータ
隊員:すばる・ティアナ

ライトニング分隊(フェイト分隊)として、
隊長:フェイト
副隊長:シグナム
隊員:エリオ・キャロ

8人もいる。
指揮者である、はやてとリーン、ほかバックヤードのメンバーについては触れない。
このエントリは、『Strikers』の人間関係の複雑さを問題にしていて、彼女たちの存在がいっそう物語に複雑さを増していることは、文章をさかなくても明確だからだ。

シリーズが進んで人数が増えたアニメはたくさんあるけれど、それと比べてすら『Strikers』は苦しい。
それは、前作から十年で変化・成長したキャラクターと、新キャラクターを一度に出し過ぎたからだ。
情報量の制約を考えると、『Strikers』は、副隊長である守護騎士3人+犬を、後半13話以降で登場させるくらいのほうが平和だった。

しかも『リリカルなのは』のシリーズは、ひとつ、多くのキャラクタを物語で扱うのに不適な特質を持っている。
「かませ犬」を作っていないのである。
実は、ドラゴンボールのヤムチャしかり、”かつての強敵、今はかませ犬”はバトルものでセオリーとして置かれてきたものだ。”名負け役”というのは、キャラ人数が増えてしまった大シリーズの中では、けっこうおいしい出番なのである。
7話の『ホテル・アグスタ』の話で、副隊長たちに”負け役”をしてもらって、しばらく戦場に出られないくらいボコボコになってもらってよかったのではないかと、個人的には思う。
敗北は、以下のメリットから、物語を”六課の外”に振るチャンスではあったからだ。

  1. 本格的な初登場のインパクトに合わせて、敵の強大さをアピールできた。
  2. お客さんにサプライズと、ひよっこが敵に挑まねばならない危機感を提示できた。
  3. はやてたち後方メンバーが一時的に表に出なくなる理由づけや、登場キャラクタをしぼりこむ理由づけになった。

けれど、Strikersが選んだのは、7話で外敵との戦いでは顔見せだけに終わり、8話で”六課の内部で”ティアが挫折する物語だった。
なのはStrikersでは、「負け役の出番」を、あえてつくらなかったのだと思う。
それは、『なのは』シリーズが、本質ではバトルものではなく、「がんばって敗北者になる人はいない」というやさしい物語だからだ
外部の人間に負けさせるよりも、機動六課内部の人間相手に挫折させたほうが、物語的にコントロールがしやすかったということではないかと思う。

それは現実的な選択だし、なのはらしいかもしれない。けれど、レリックという面白そうな謎を”外部”に提示しておきながら、世界は”内部”へ向けてどんどんせまくなっていることも確かなのだ。

○『問題解決能力を持ったキャラクタ(つまり主人公)』が、多すぎる

『なのは』の話をしているのに他作品の話を持ってくると、さすがに怒られるかもしれない。
けれど、Strikersにおけるキャラクタのゴチャゴチャ問題は、最近の作品だと『コードギアス』の序盤~中盤の構造とも共通している。
『コードギアス』のほうでは、主人公的に物語を推進する人物として、ルルーシュとスザクというふたりの人物がいた。かつ、ふたりは、「学校という共通の生活圏を背景として持ち」ながら、それぞれが「もうひとつの顔」で、「同じ敵にちがう方向から立ち向かっていた」ため、スザクのほうがお客さんにウザがられる傾向があった。
”問題を解決する能力を持った人間”(つまり物語上の問題を解決してくれる人である主人公)が多すぎると、物語が提示する問題の数は一定なので、出番がかぶってしまうのだ。
つまり、ルルーシュが解決した問題を、同時にスザクが解決することはできない。それは、キャラクタを魅力的にするための活躍の場をとれない、割を食うキャラが出てしまうということだ。

逆に、極力割を食わさず、誰も”あきらかな脇役”にしないよう均等に出すとどうなるか?
答えは、現状の『Strikers』だ。
実際、こんな無茶な人数を使っているわりには、いいバランス感覚で物語もキャラクタも書いている。現状の『Strikers』に近い描き方をしているのは、多くの登場人物が主役のようにふるまうタイプの海外連続ドラマがあげられる。だが、あちらは一時間番組で、『Strikers』は30分だ。時間がたりなさすぎる。

無理は現状すでに出ている。
「捜査を担当」し、なのはとはちがう役割を割り振られたはずのフェイトが、8話現在まったく捜査をしていない
もし『Strikers』の発表メディアがゲームなら、現在やっているレリック事件についての情報は、短くてもフェイト隊に実際に捜査をさせることで提示したはずだ。そのほうが、フェイトのキャラクタも描きやすいし、「新人四人」を横一列に並べるのではなく「エリオとキャロ」というふたりを特別に書き込むこともできた。
一話あたりの物語の尺さえとれれば、たぶんもっと物語は広がったのである。

だが、アニメでは、その気になればページ数あたりの情報量をあげやすい小説メディアや、情報量の制約が実質ほとんどないゲームでのように、全部書いてしまう力業は使えない。
つまるところ、30分番組26話ではなく、1時間番組13話のほうがしあわせだった人物配置なのかもしれない。ちょっとずつキャラクタをつまむには、配置がたぶん分厚すぎる。

30分番組で大人数を同時に主役のように振るまわせるのは、物理的にほとんど無理だ。実現しているとしたら、それはたぶん精密機械のような熟達の職人技か、物語の神様がおりて奇跡を起こした例外中の例外なのだ。

キャラクタの初期配置数が、なのはらしく書くにはハードルが高すぎるものになっているというのが、問題の中心なのだと思う。
おかげで、複雑すぎる問題をどうやりすごすかで流れてしまって、キャラクタを転がすところまで至っていない。
8話でようやく転がる前兆が見えて、この先がまさに正念場だ。むずかしいのは必要な期間、なのは、ティア、スバル以外の全員を空気キャラにしておく思い切りのほうかもしれない。本当に、整理してまとめれば3話に1回、2~3分のシーンをとるだけでよさそうな事件の進展情報を、なぜか毎回律儀にキャラを変えながらお芝居に組み込んでいる状況なので。
負の方向の心理の描出は、なのはシリーズの見せ場だと思うので、ここからがんばってほしいと、これはすなおに思う。

ただ逆に、だったらなんで丁寧に描くのがしんどいキャラ人数にしちゃったんだという、最初の問題に戻ってくる。
これも思うところはあるのだけれど、いい加減長文になったので、また別の機会に。

このエントリに関しては、言いたいことがあるかたもおられそうな気がするので、多少ネガティブなものでも好きにコメントを書いてやってください。
個人的に『なのはStrikers』のキャラクタの多さを、皆様がどう感じておられるのか(それともあまり気になっていないのか)、知りたいだけなのですが。

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コメント

良い感想なのでコメントを
正直言えば主役三人はかなり好意的に見れば役割を果たしている。訓練は見ての通りだし、捜査もジュエルシードの出所を調べたりスカリエッティの経歴調べたりとキツイがやってる。部隊の運用も隊長としていろいろ人に会いに行ったり仕事頼みに行ったりとまあやってるでしょう
ただ問題なのは、新人四人。スバルは家族関係や過去が出てるから良いほうだしエリオは重要になるキャラだろう。
しかしティアとキャロがダメだった。キャロは突然力に悩んでいたとされすぐ解決してしまいもう掘り下げられないだろうし。
ティアも突然、劣等感を覚え無茶してしまう、焦ったり悩んだりしてる描写もなしに。なのはの突然のお怒りも全てに置いて伏線がないので違和感しかない。伏線がなさ過ぎる。
例えなのはが大怪我を機会にティアの兄に集団戦の教えを受けてティアを知っていたという話が出ても、それは補完である。
ストーリーはそれなりに好きだがシリーズ的には弱い。伏線がなさ過ぎるせい。
よく組織物ということでアイマスと比較されるが、ストーリー、キャラ、伏線、作画、構成、など見事で面白さは数倍だ。伏線を統合すればなぜ主人公がメカに乗れるのかさえ見えてくる。

投稿: ジーノ | 2007/05/25 00:18

>ジーノさん
コメントありがとうございます。

新人のあつかいがおかしいというのは、本当に思います。
7話までダラダラめに進んできた後に、突然なのはさんが、8話でここまではげしく怒った。でも、なのはさんとティアたちの訓練シーン自体は、6話くらいまでそればっかりというほど描いてきた。
あれだけ作中で訓練シーンに時間をさいてきたのだから、8話のティアの暴発に至る流れも、なのはさんの心の傷も、お客さんにわかるように埋めておくことは可能だったように思えるのですね。

せめて訓練シーンで、新人4人を均等に描かず、ティアとスバルを中心に描出をかたよらせておけば、そのくらいの時間は捻出できたんじゃないかと残念ではあります。
最低限ティアの心情を描いてあれば、こんなかたちで衝突したことにも納得感があっただろうし、ただの”制裁”ではなく”なのはと新人のぶつかり合い”としての見どころがシーンにできたのかもなと。
やっぱり、『なのは』らしい書き方をするには人数が多いというのが、実際のところなのだと思います。

投稿: ニート風味 | 2007/05/25 00:48

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