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[論評]『リリカルなのはStrikers』はなぜ苦戦しているのか(2:計算のち密さと、実行のズレ)

※このエントリを書いた2007/5/25現在、blog主は8話『願い、ふたりで』までを視聴。
そこまでのネタバレがはいっています。

(もうちょっと期間をあけるつもりだったのですが、世界卓球の時間ズレで『ギガンティックフォーミュラ』8話を見逃しまして、忘れないうちに書ききっておくことにしました。)

■前回のエントリ
[論評]『リリカルなのはStrikers』はなぜ苦戦しているのか(1:シンプルな人数の問題)

『リリカルなのはStrikers』は、現状、前二作にくらべて苦戦気味だ。
その理由は、キャラクタが多すぎ、しかも全員を均等に描こうとしているため、物語が機動六課というせまい世界でぐるぐる回ってしまっているせいではないかというのが、前回の簡単なまとめ。
「いやちがうよ」というかたは、一度前回エントリを見てみてやってください。上の文は、自分でも乱暴だと思うほどかいつまんだので。

なのでこのエントリは、『Strikers』は、どうして丁寧に描くのがしんどい人数配置なのかというところから。

キャラクタ配置には、意図がこもっている。
実際の制作が動き出した以後なら、ままならないことも多々出てくるかもしれない。
だが、キャラ配置は計画段階ですることだ。その段階で意図と勝算があやふやなものは、奇跡でもない限りふにゃふにゃで終わってしまう。
だから配置はお客さんにどう当て込むかや、制作者が何をやりたいかを考えてつくりこむ。
『Strikers』でも、それはよくでていると思う。

○本当に、無駄なキャラクタは存在するのか?

ずっとキャラクタ数のことばかり話題にしているが、『Strikers』のキャラクタ配置は非常に理にかなっている

まず、現状まだあまり有効に機能していないが、分隊制はいいアイデアだ。
スターズ分隊(なのは分隊:スバル、ティア)は、物語中でドラマの中心を受け持つ前二作での「なのは的」な役目を負う。
ライトニング分隊(フェイト分隊:エリオ、キャロ)が、特殊な背景を背負った「かつてのフェイト的」な役目を負っている。
実際、これはスマートなかたちだ。

  • 隊長の印象にあわせてお客さんのイメージを束ねることで、新キャラの役割や立ち位置をわかりやすくする効果を見込める。
  • 後々に話を急加速するときを予期して、敵であるスカリエッティに直接かかわりそうなキャラクタを「同じライトニング分隊(フェイト隊)」とまとめてある。展開上スピードがほしいとき、よけいな理由付けや説明を省ける。

キャラクタも、一キャラ単位で見ていくといい配置だ。
特にキャラクタの見せ場をどうつくるかは、パズルのようによく考えられている。
全部を並べると、さすがに長くなりすぎるので、なのは隊だけを例としてあげてみたい。

なのは分隊

  1. ヴィータ(副隊長)
    なのは客の一定割合はロリコン客だ。今後もおそらく物語の主軸としてぶん回されてゆくスターズ隊に彼女がいるのは、ロリコン的にうれしい。
    blog主も実際、ロリコンだからうれしい。
     
  2. スバル
    これまでの『なのは』にはいなかったショートヘアでボーイッシュな女の子。
    「まっすぐ少女だが、なのはとタイプがちがう」ことを打ち出せている。
    格闘戦の人であることも、”なのはとはちがう”という点で統一がとれている。
     
  3. ティアナ
    『なのは』にはめずらしい、劣等感を背負ったツンデレキャラ。
    実は、彼女がメインメンバーで唯一高速移動手段を持たない「二本の足で歩くしかない」キャラクタであることも、キャラクタに背負わせる物語によく合っている。
    空も飛べず、防御もできず、火力もイマイチなのに、なのはと同じポジションで比べられる」キャラクタの見せ場的には地獄の立ち位置。
    だからこそドラマ的にはおいしい、今シリーズのキーキャラクター。
    ティアナとスバルを、なのはとフェイトがなれなかった”友だちとはちがう相棒的なコンビ”として成長してゆく(スバルになのは離れさせてゆく)成長物語として、非常にいい配置。
    あと、なのは客の一定割合は、百合もののお客さんだ。blog主も百合好きだからうれしい。

論評のわりにblog主の嗜好が多くはいってしまったが、我慢してやってほしい。
キャラクタがどんなお客さんを狙って配置されているかを語るのには、好みの問題をまじえた(話者の好みもはっきりさせた)ほうがフェアだとblog主は思う。頭だけでやるのは本当に難しいし、キャラクタのよしあしは好みに左右される部分が大きいからだ。

問題は、せっかくのキャラクタを設計したとおりに動かす空間がないことだ。すくなくとも、キャラクタのポテンシャルを描ききる振り割りは、まず無理だ。

キャラ数の多いとき、一般的に一番よく使われているのは、「オールスターメンバーが、かつてない強大な敵にいどむ」ような(『スーパーロボット大戦』的な)物語を作ってしまうことだ。
絶対的に倒さねばならない敵を設定して、それとどう戦いどう悩むかというわかりやすい方向性を指定してしまうのである。
だが、これは『なのは』らしくない構図だ。8話までを見た段階では、その選択をしなかったように見える。

けれど、物語をわかりやすくする定型を使わなくても、その人数を動かす必要はある。同時に、配置したキャラクタで、『なのは』らしい物語を描く必要もある。
おそらく機動六課というせまい範囲内で物語を回しているのは、その両立策でもあるのだ。
敵(立ち向かうべきもの)も味方も機動六課の人間なら、世界を広げずに『なのは』らしい物語を描くことができるからである。
『Strikers』は26話あるから、本格的な”外敵”との戦いは、後半に集中している構造なのかもしれない。

だが、世界が広がらないおかげで、はやてなど、事件の関係者の元を回るという名目で、ひたすらキャラクタ背景と設定説明ばかりしている。
登場シーンはたくさんあっても「このキャラクタでなければ言えないこと、できない行動」という、キャラクタを立ててくれるシーンはむしろ少ないのだ。

『Strikers』は、スキのない人員配置で、機動六課という無敵戦艦をつくりあげた。なのに、その活躍に期待をあおっておいて、無敵戦艦内部でどうこうという話をずっと続けている。
結論としては当たり前のところに落ち着いてしまったが、キャラクタ数の多さ自体が、現状の苦しさの中心ではたぶんないのだ。多すぎるキャラクタをあつかった結果としての物語展開と、お客さんの期待との間にズレがあるということなのだと思う。

○なのはとスバル(物語の中心となる軸線のぶれ)

『Strikers』の苦しさを考えたとき、ブラックボックスのように気持ちの悪い感じに残っているものがある。
「配置段階で、もうきびしさはまる見えなのに、どうして資源を一極集中して状況を打開できていないのか」という問題だ。

最後にそこに触れて、2エントリにもわたった長文を終わろうと思う。

単純に言うと、元凶は、なのはさんなのだと思う。
主役がスバルとティアナで、なのはは後方にひかえている頼れるボス役」なのか、「なのは自身を主役として、のびてゆく若い子を見守る話」なのか、明確な提示がない。
それは、視点の中心という意味での主役を、どっちにとればいいのだかお客さんに打ち出していないということだ。物語にドライブ感が感じられないとしたら、その理由はたぶんこれだ。

物語をみると、『Strikers』の第一話はほぼスバルの物語で、現在のところ8話までは、新人たちの成長物語を中心に動いている。
新人隊員が必要になったのは、基本的に『なのは』が成長物語であることと、Strikersが26話の長丁場だからだと考えられる。

  • Asで、なのはたちの実力をインフレさせすぎたので、このままインフレの流れにのせるとドラゴンボール化してしまう。弱い新人がいると、なのはたちの実力がどの程度なのかを比較して見せ場にできる。
  • なのはたち個人の問題は、これまでの2シリーズで結構片づいてしまっている。だから、ここからあまり掘り下げすぎると、『なのは』らしくないレベルまで話がドロドロしてしまう。
  • なのはAsのエピローグで、なのはたちをえらくしてしまった。『なのは』らしい成長物語を描くには、もう彼女たちを管理職にするほうが自然だった。
  • 管理職の成長物語よりも、新人の成長物語のほうが、見ていてわかりやすい

そしておそらく『Strikers』の物語は、基本的にこのままスバルの成長として進む。
圧倒的に実力差がある隊長たちが不用意に出張ると、新人たちの見せ場は弱くなり、印象など簡単にかすんでしまうからだ。

だが、複雑な構造をとっているのに、物語中で、「あきらかにスバルが主役である」ような提示はできない。
この番組のタイトルが、『魔法少女リリカルなのはStrikers』だからだ。

お客さんにとっての、新人4人の商業的価値は、番組1話開始時点では限りなくゼロに近い。
だから、なのはさんを画面に出さないわけにはいかない。

けれどキャラクタ配置から自然に展開をのばせば、物語を引っ張るのは新人たちだ。問題は、お客さんは、タイトルからの初期印象では、まちがいなく、なのはが主役だと思うことだ。
裏返しの論理なのだが、だからこそ『Strikers』は、新人4人を描くシーンを多めにつくらなければならない。
既存のキャラクタ(隊長、副隊長)には、すでに前シリーズまでのお客さんがついているが、新人たちはこれからキャラ立てをしなければならないからだ。
同様に、たとえば7話『ホテル・アグスタ』で、新人たちがアクションをするとき隊長たちドレスアップしてオークションに出ていたように、出番をよけなければならない。
同じように出番をとって、なのはたちを活躍させると、あっというまに新人がかすむからだ。

自然、隊長たちをアクションさせるのは、訓練の中だけになってしまう。
やっぱりどんどん、物語は機動六課の内部に向かって閉じていってしまう。しかも、この遠慮の構図は、物語にいい影響をおよぼしていない。

  • なのはたちはろくにアクションができないので、やっぱりドライブ感が落ちる。
  • 画面上に出るシーンも、隊長側でよけた結果、アクションに関係ないものをたくさん作ることになるため、物語の印象を集中しにくい。

このせいでひとつの方向性に物語を集めることができずに、物語資源の集中がとても難しくなっているのだ。
おそらく問題の起点は、新人4人を配置した必要と、リリカルなのはStrikersという作品を作った商業的理由が、一本のラインで結ばれていたわけではないことだ。それがずっとたたり続けているのではないだろうか。

全員が主役的な物語はたくさんある。なら、どうして『Strikers』ではこんなに混乱(新人の立ち位置がよくわからない)が目立つか。
たとえば、このblogで感想を書いた『Yes!プリキュア5』も、5人全員が主役だ。プリキュアシリーズの旧作の三作でも、2人の主役を均等に描いていた。だが、それでも主役が複数いることはまったく問題にならなかったのだ。
ふたりは常に同じ学生の立場だったからだ。
だが、なのはとスバルは、指揮官(管理職)と兵隊(新入社員)でまったく別の立場なのである。
前のエントリの内容にも関わるが、観客にとっても、指揮官と兵隊に同時に感情移入することはむずかしいのだ。

Strikersの物語は、流れとして大きく新人の成長物語をやっている。出番をさいて登場させるということは、お客さんからはそういう物語が存在するように見えるということでもある。
だが、同様に、おそらくはお客さんの期待にこたえる意味で、指揮官であるなのはもしょっちゅう画面にあらわれる。
ふたつの立場からの物語が同じくらい画面に出てくるから、物語が二本並行しているように見えるのである。

では、どうしてその二本を、強引にでも一本にまとめる流れになっていないのか?
全体像を知らない客視点からは、現状、「立場がちがうスバルとなのはが、物語を引っ張る主役」に見える。
だからそのふたりに、一丸となって同じ敵にぶちあてさせる展開だってあり得たはずだ。
きっと、純粋にスバルたち新人のキャラ立てだけを考えても、訓練を続けるよりも、敵に直接ぶつけたほうがやりやすい。
けれど、「歴戦の隊長(老師)が後方にでんとひかえて、結成したばかりの新人だけで強敵と戦闘」という投げっぱなしは『なのは』らしくないのか、これも選ばれていない。

あるのはひたすら機動六課という組織の中だ。
だからこそ、お客さんは、新入社員と新米管理職の、どちらを視点の中心に置いているのか、よけいにはっきりしなくなってしまう。
そして、ここが混乱の核だと思うのだが、純粋な組織のドラマでは、管理職に感情移入して気持ちがいい物語と、新入社員の成長物語を追いかけて気持ちがいい物語は、客層が微妙にちがうのではないだろうか。

8話までの段階では、やはり『Strikers』の軸足はぶれているように見える。
だが、ぶれているから、かならずしもダメだというわけではない。
実際、8話の、なのはさん制裁シーンはショッキングで驚かされた。6話の変身ラッシュのような、明確なみどころがあるときも楽しめる。
問題はだらっとした展開のとき、その裏にどんなドラマを楽しめばいいかわからず、本当にだらっと時間が流れてしまうことだ。
物語前提とは、全体像をある程度イメージさせる(あるいは期待や不安をもってもらう)とき、本当に強い力を発揮する。全体像の姿がぶれることが、単純に、必要な物語前提を読み取りづらくさせているのである。

そして一極集中も難しく、物語は難しい状況にあるのに、機動六課の中だけでも8人もの前線と後方のメンバーがいる。
そして敵であるスカリエッティたちも、8話現在ほぼ手つかずで残っている。
『Strikers』という物語は、あふれるほどの可能性を初期配置していた。
だが、展開がふくらむ豊かな配置を作ったからこそ、実行段階で「ぴたりとくる」選択を選ぶのが至難になってしまっている。配置上のわずかなズレを補修することすら、ほかにやることが多すぎて手がまわらない。

どんなに豊かに配置しても、選んで画面上に出せる物語はひとつしかない。
さすがに、配置が、ち密すぎたのではないだろうか。

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コメント

blog主です。
ごめんなさい。長くなりすぎました。さすがに反省です。
こんな長さのエントリは、もう書くことはないのではないかと。

書きっぱなしもどうかと思う内容ですので、よろしければ、遠慮なくネガティブなものでもなんでも、コメントつけてやってください。

投稿: ニート風味 | 2007/05/25 22:30

まだ間に合うかな
正直訓練がなくても良いかなとか思っているんですが、六課も作られてから入隊試験を二人が受けるぐらいから始まっても良かったかなと思っている。
分隊も隊長、副隊長、新人
主役格、ヴォルケンズ、新人たち。これが複雑に縁があったりして関係していく。初期配置ではテーマに沿ってどんな物語も出来る状態だった。
分隊ごとに行動して横より縦の関係の掘り下げだって出来たはずだし二つの分隊が違う方面で敵と戦うことも出来た。
捜す方と戦う方で色々出来たはず。
なのにグダグダである。2クールあるのだから1クール新人の掘り下げに使っても良いと思うが、視点がどうのではない1話1話がつまらない。
前シーリズの速さを知っている身としては12話前後に一度盛り上がりがあって怒涛の2クールと雪崩れ来むが理想。
1クール最後が鍵。本当にシリーズ好きなんだからがんばって欲しい

投稿: ジーノ | 2007/05/28 22:39

>ジーノさん
初期の話に訓練が入っていたのは、「とにかくアクションシーンを入れる必要がある」というのが念頭だったのかなとは思います。
ただ同時に、『なのは』では、「ガチ勝負=どちらがが死ぬor大けがリスクあり」なので、そう簡単に戦闘をさせられないから、アクション=訓練になってしまう。
ティアがセリフで「隊長全員がオーバーSランク」とか、強さの説明で設定の力を借りている(絵だけで見せにくい)ところなど、物語上に安易にガチ戦闘をはさめない『なのは』の厳しさをよくあらわしているとは思います。

当然、だからガチ戦闘をしているよりドラマは弱くなるし、勝つか負けるかの展開より燃えるものもすくない。8話のドラマ的なファインプレーは、たたきつぶしたなのはさんより、ガチ勝負を持ち込んだティアのほうです。

続編だからしかたがないのだろうけれど、ドラマを動かすとき、前作までの設定に足を取られすぎだなとは思います。続編をつくるとき、かならずついて回る問題ではあるのですが。

でも、やはり(本来他作品と比べてはいけないものではあるのですが)同じ全26話予定の『グレンラガン』あたりと比べると、全体的なストーリー進行のデザインは悪いですね。

投稿: ニート風味 | 2007/05/28 23:26

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