]魔法少女リリカルなのはStrikerS 17話 『その日、機動六課(後編)』
今回の17話の印象は、これまでほとんど画面に出してこなかった「血の赤」の大量投入が決定づけていたように思う。16話段階では目立たなかった炎上の炎の赤とくわえて、画面がほとんど常時赤い。
こういうメリハリをつけた一極投入は、やっぱり豪華で興奮する。ひょっとしたら、もう26話終了まで二度とやらないのかも。
前半で機動六課の無敵ぶりを打ち出してきただけに、六課陥落はさすがにショッキング。
あと、フェイトへのババの引かせかたもすごい。
個人的に、前作Asでは、「フェイトとなのはは戦ったら互角くらい」という印象だった。
それが、『Strikers』では、なのはのティアナに対する厳しさとフェイトのエリオに対する甘さの対比、そしてヴィヴィオへの対応のちがいがはっきり打ち出された。19歳のなのはは厳しい父性的なやさしさ、フェイトが母性的な”やさしい”女の子として成長したという対比だ。
(異論あるかたもおられると思いますが、8話のアレはどう見ても母性というより父性だと思います。)
おかげで、フェイトとナンバース2人の戦いで、フェイトが無傷で相手を逃がしてしまったことが「やさしさのせい」に見えて、がっかり感はなかった。
今回の17話終了段階で、観客的に、男の子アタマでの戦闘での強さ比べに決着はついている気がする。「魔法使いとしての技量は互角でも、真剣勝負になったら、フェイトはなのはほど厳しくなれなさそう」というあたりで。
肝心のガチ戦闘回である今回、なのはさんが空気だったことは、本当にうまいなと思う。
実際、『Strikers』では、これまでなのはの印象をとても大切にしている。
けれど、今回は「なのはさんが活躍してはいけない」展開だった。
なぜかというと、スバルの戦闘機人としての覚醒展開がムダになってしまうため。
17話で一番ショッキングなシーンは、ギンガが倒されて回収されたシーンだとして間違いない。
これを今回のクライマックスであるスバルの覚醒へとつないで、17話全体の軸としている。(だから、これだけ情報量の多い話でも、ギンガの登場は17話序盤でないといけなかった)
「機動六課は敗北して、たいせつなものが傷つけられ奪われた」という、17話全体の内容は、スバルの流れを追いかけるだけで読み取れる構造になっている。
六課の敗北展開自体、スバルのところの展開を一回りスケールアップしている構造なのだ(実際ヴィヴィオが奪われている)。ここの情報整理が崩れたら、ナンバーズが山ほど出てきているので、物語自体が相当ガチャガチャして見にくいものになったはずだ。
だから”覚醒したスバルを、素で殴り倒せそうな人”であるなのはは、絶対に17話で目立ってはいけなかった。
観客の目が、17話の中心であるスバルからぶれてしまうからだ。
可能性としては、なのはに活躍させる流れもありえたかもしれない。実際に、おもちゃの販促性が強い物語では、「どんなに脇キャラがいい味を出している物語でも、敵へトドメを刺すのは主役メカのバンク必殺技」ということがけっこうある。
だが、すくなくともそういう展開は、同じ方向の情報を一極集中して、ヤマを大きくしている『なのはStrikers』のリズムに合っていないように思う。
同じ傾向の情報の一極集中する、情報の引き算的なメリハリ作りは今回の17話でも健在。
今回引き算されたのは「スバルのマッハキャリバーの2ndモード以降」、他新人たちの限定解除されつつあるデバイスの実戦での見せ場。あとは「結局レジアス中将って今回なにがしたかったの?」「アインヘリヤルって何」というあたりが、まったく語られなかったこと。
こういう、見せ場を割り切ってストックする選択センスは、本当にすごいと思う。
今回、なのはが空気だったことは、もうひとつ重要な意味があったのだと思う。
新人たちがティアナ以外全員実質敗北、フェイトまでが翻弄された展開のおかげで「それでもなのはさんならなんとかしてくれる」と、なんとなく観客に期待を持たせていることだ。
この期待感を、なのはさんが何かしてではなく、なのはが何もしない(温存する)ことで作っているのが、物語を整理するセンスなのだなと思う。
ティアナをなのはに運搬させて、新人たちの敗北無間地獄の枠外にティアナを置いたのもさすがだ。ティアナは8~9話で大きいのをやっているので、二度目の大敗北をわざわざここで重ねる必要はない。
この展開の中、機動六課の頼りがいを一身に背負うなのはと一緒にいることで、「これからどん底だろうスバルを、ティアナがなんとかしてくれる」ような期待が持てる。
なのはの物語作りは、細かいところで本当にうまいと思う。
ギンガの退場は、戦闘シーンもほぼカットされて、まさにこのために出てきた感じ。ただ、まさか16話では姿を見た覚えがない(いたのかも)ギンガを、何事もなかったように17話はじめで”交戦中”にしてしまうとは思いませんでした。[7/29:ROMの人さんよりコメントいただき追記。戦闘展開になってから姿が見えなかっただけで、16話に2カット登場していたそうです。感謝]
情報の出し入れとしては、「タイプゼロ=スバル」という印象を観客に前もって植え付けられたので、16話ではギンガを出さなくてたぶん正解。(「タイプゼロが2体」ってギンガを合わせてだったのかと、17話を見てから気づいた)
そして、ギンガ退場の展開が17話の物語に絶対必要だったせいで、反則スレスレっぽく感じないところもうまい。陸士部隊のギンガが地上本部にいることは不思議ではないと、考えてみれば納得感もある。
予想外というか驚きだった点は、もうひとつあった。
展開はハードなのに、ギンガ以外、ひとりも脱落者を出さずに済ませてしまったことだ。
ギンガは死亡していても今後のスバルのドラマに大きく関わってくるので、物語的には死んでいない(実質キャラクタは減っていない)とも言える。
最低でもひとりかふたりナンバーズを削ってくると思っていただけに、本当に驚き。実際、これまでもいい加減、『Strikers』はキャラクターが飽和状態だった。しっくり行くようになってきたのは、15話くらいまでかけてのことだ。
これが17話でとうとう、「名前を持たない、人間ではなくお人形」だと思っていたナンバーズが姉妹同士で会話をはじめた。しかもそれぞれ姉妹としてお互いを気遣いあい、ナンバーズもまるで疑似家族のようである。
まさか『Strikers』スタッフは、ストーリーが2/3終わったこの期におよんで12人も新キャラを覚えろとおっしゃるか。
『Strikers』、いろいろ冒険的で好きなのですが、キャラクタの多さだけはどうにかならないものかと。17話はとても楽しんで鑑賞したのだけれど、この点にだけは戦慄した。
よほどいい着地点を考えているのか、ここをどうおさめてシリーズを終えるのか、楽しみが増えたともいえる。
| 固定リンク
「魔法少女リリカルなのはStrikers」カテゴリの記事
- 魔法少女リリカルなのはStrikers 18話 「翼、再び」 (2007.08.02)
- ]魔法少女リリカルなのはStrikerS 17話 『その日、機動六課(後編)』(2007.07.26)
- 魔法少女リリカルなのはStrikerS 第16話 「その日、機動六課(前編)」(2007.07.20)
- 魔法少女リリカルなのはStrikerS 15話「Sisters & Daughters」(2007.07.12)
- 魔法少女リリカルなのはStrikerS 14話 「Mothers&children」(2007.07.05)

コメント
16話でのギンガのショットは夜中に本部警備を始めたシーンでの1カット、次に明けてなのはが本部内に入る直前、デバイスをスバルに預けるシーンですね。その時何故かギンガの顔を朝焼けに向かせています。思い返すと、あれが普段の彼女の最後の姿でした。
彼女は出番が少ない割に視聴者に強い印象を持たせる様に造形されていたと思いますが、こういう構造の為とは考えていませんでした。もっとも「生きたまま」捕獲せよ、という指令がある以上、一端リタイアさせただけだと思います。再登場させる方がスバルの主人公性がより強調されますし。
スバルは今まで(恐らく意図的に)姉よりも地味でしたが、17話で味方側で唯一、完全AMF下でも状況突破する能力、IS「接触兵器」を持つ特別な存在に変貌した事で、「エース」のなのは、「ストライカー」のスバル、と二人主人公の形を作る事に成功したと思います。
なのはの存在感に並び立つ主人公像を構築する事は極めて困難だった筈で、その為に1話の素の状態から「育てて」17話で劇的に主人公として出現させる為に(間延びするリスクも含めて)周到に構成したのではないかと考えています。
17話(第二幕最終段)にヤマを集中させる為か17話ではそれ以前の16話分の様々なシーンをリフレインしています。初回からの連続性を想起させる事で1話内に物語過程を圧縮して見せる演出手法で、非常に高度の演出力と映像力が求められるので賭けに近い構成ですが、よく踏み切ったと思いますね。相当の覚悟がないと出来ない作り方です。絶対に後ろ向きにならない、というか。
実にアグレッシブ過ぎる製作姿勢ですが、作品内容に合っているのが恐ろしい。
ナンバーズを減らさなかった事については、こちら*のテーマ考察をお読みになってみて下さい。「不要ではない」ことがテーマに密接している為に無闇に減らしたりしない、という姿勢と思われます。
* 一日ラらラら日記はーてなっ! - 第17話「その日、機動六課(後編)」
http://d.hatena.ne.jp/AlfLaylawaLayla/20070723/1185366902
投稿: ROMの人 | 2007/07/29 07:00
>ROMの人さん
コメントありがとうございます。
ギンガの件、情報ありがとうございました。完全に見落としていました。
ギンガの出番は、12話以降に関しては狙っての配置だったと思います。
ギンガ再登場は、残り9話で宿題が山ほど残っている印象なので、どういう大きさで配置してくるか注目しております。
スバルは、やっぱり新人が4人いるのが地味になっちゃう元凶かなという気がしています。画面にスバルが出てくるときは、常にティアナや他の新人といっしょに出てくる。そのせいで、スバルは設定上なのはにあこがれていますが、当のなのはとろくに話し込んだこともないという不遇の子でした。
ギンガのほうは、ゲンヤ父といっしょに出てきても基本的に「一本立ちしたおとな」として画面に出るので、どうしても画面に出たときの印象が強くなっていたのだと思います。
16話までのスバルって、新人4人の中でどんぐりの背比べ的な立ち位置だったと思うのですが、それが17話で完全に一歩抜けたかんじですね。
ご紹介いただいた「一日ラらラら日記はーてなっ!」さんのエントリ、読ませていただきました。
面白いblogを紹介いただきありがとうございます。(TB送ってみました)
テーマが「要らない子が救われる」物語なんじゃないかという話は、示唆深いものがあるなとおもいます。
実際、思い返してみるとかなり序盤のほうからエリオやキャロの話がありました。
個人的に『Strikers』は7話までのデキが悪かったと思っているのですが、その線を重視しているならなおのことキャロやエリオのエピソードを彫り込んでおいてほしかったなあと、改めて思いました。
(そんなに重要なラインなら、5話の「新人初実戦&初変身&新人デバイス初登場&19歳なのは・フェイト初変身&初戦闘」なんて見せ場の集中と、どうして混在を…。いや、あの5話、キャロのエピソードに費やした時間より、変身バンクに費やした時間のほうが長かったんじゃないかと。)
あと、「要らない子」の話から、ナンバースを12人置いたことに関して、どう片付けるつもりなのか、より強く興味が出てきました。
実際、ヴィヴィオ(ナンバースと出自が似ている感じ)の存在が大きくなってきたあたりから、ナンバーズをやられ役にしづらい雰囲気はあったのですが、今回のスバル覚醒でさらに重くなったのはたしかだと思います。
一般的には、キャラクターを質ではなく量(特に7人を越える場合)で押すのは、「ひとりふたり減っても物語の本筋やバランス構図がかわらないことを保障する」ダメージコントロールの側面があると思います。
古いところだと黒澤明の『七人の侍』あたりから、キャラクタにバラエティをもって描く最大人数はだいたい7人でした。
二桁に突入して12人は、もう「覚えなくていいよ」というサインなのだと、17話でナンバーズが疑似家族的に話し出すまではかなり本気で思っていました。
キャラクタの書き分けが苦しくなるのは、本末転倒のような気はします。
どのあたりが本末転倒かというと、観客はふつう、理解できないものをスルーするためです。だからこそ、キャラクタは出す以上は”描かないといけない”ということでもあります。
7話くらいまでの初期段階で、新人4人がいらない子呼ばわりされることが多かったのは、たぶん4人の描き込みが薄く感情移入しにくいため”スルーされて”、観客の目がなのはとフェイトに行ったからです。
ナンバースが12人いることによって、これもやっぱり、観客がナンバースを理解することをあきらめて、”そこをスルーして”スカリエッティやヴィヴィオに目がいってしまうんじゃないかと。
(映画と26話のテレビシリーズは尺がちがいすぎるのでそのまま適応できるものではないのでしょうが)たぶん一般的な三幕構成で
「ナンバーズ12人+ヴィヴィオ?+ギンガ?+レジアス中将+スカリエッティ」
みたいに敵を全部残して二幕を終える場合は、「大逆転の前に敵が強大で状況が絶望的だと強く打ち出す」構図だと思います。
つまり、もう和平の時間はない、大虐殺開始の合図なのですが、それは『なのは』らしくないので、『なのは』以外では見られない展開が用意されているのかもしれません。
アグレッシブと言えばたしかに『Strikers』スタッフらしいアグレッシブさですね。
投稿: ニート風味 | 2007/07/29 11:35
初めまして、HINAKAと申します。
ニート風味様
先に、トッラク・バックするという失礼をした上、こちらにまでトラック・バックをいただきまして、どうもありがとうございます。
重ね重ねの御無礼を、お許し下さい。
そちらの御意見にも頷けるところが多くあるのですが、どうやら個人的に見方が根本的に違うようなので、敢えてコメント説明するよりも、こちらの意見と感想を御覧いただいた方が早いかと思い、このような失礼を致しました。お詫びいたします。
同時に、第18話に関しましても、自分の雑感をまとめましたので、それにも勝手ながらトラック・バックをさせていただきました。
ある意味、同じものを見てどう感じるかの違いというものが、良くわかる気がします。
決して、否定する意味ではなくむしろ肯定的に、なるほどそういう見方もあるのか!と思いつつ、自分とは違う見方に感嘆しております。
具体的な点に関しては、18話の記事の方でコメントさせていただきたいと思います。
まずは御挨拶までと、お許し下さい。
投稿: HINAKA | 2007/08/04 21:36
>HINAKAさん
こんばんは。
コメントありがとうございました。
トラックバックに関しては、私のほうが勘違いしてしまったのかもしれません。
17話感想にいただいたトラックバックをお返しして、HINAKAさんからトラックバックを18話感想にいただいて、こちらから18話感想にお返しして……という順序かもしれません。
このあたり、私も考え出すとこんがらかるので、なしにいたしましょう。
ともあれ、ご丁寧にお声をかけていただき、ありがとうございました。
私の方こそ、失礼になってしまっていましたらすみません。
投稿: ニート風味 | 2007/08/05 00:39