カテゴリー「魔法少女リリカルなのはStrikers」の13件の記事

魔法少女リリカルなのはStrikers 18話 「翼、再び」

今回の18話は、たぶん二種類のすすめかたが可能だった話だったと思う。
つまり、17話の実質主役だったスバルを中心に物語の軸を前向きにとるか、ヴィヴィオがらみの人間関係を中心に物語の底流の悲惨さをクローズアップするかである。

『リリカルなのはStrikers』をこれまで見ていて思うのだけれど、「熱血魔法少女バトルもの」といった看板とは裏腹に、物語は熱血になる流れを選んでいない。
今回の18話なら、情報を散らさずにスバルの再起を中心に物語を構成すれば、たぶん前向きに終わっていた。
スバルの体の事情だって、母親の死体、墓にすがりつく姉妹(しかも幼い)、みたいな悲惨な明かしかたをする必要は本来ない。たとえばスバルのいる病室のシーンで、”現在のスバルはこんな強い子になりました”という明るい表情を含めて出ているだけでも、こんなネガティブな印象で終わらなかった。
ネガティブな印象がでる真相のあかしかたを、制作者がわざわざ選んだのだ。
それは、物語自体が、観客がカタルシスを得られる展開のつくりを選んでいないということでもある。

そうでなければ、いくらなんでも、キャラクタの再起を描くはずの18話を、年端もいかない少女(ヴィヴィオ)の悲鳴で引くのはあんまりだ。
その前のシーンもそうだ。
主人公なのはを泣かせたのも、今回の18話が、シリーズ中たぶんはじめてだった。実際、1話から”エース・オブ・エース”と持ち上げられ、8話では部下をボコり、「無敵、高町なのは」という押し方になっていた『Strikers』のなのはが、涙を見せたのだ。
実際、18話は、様々な情報が錯綜したが、物語のトーンがネガティブであるという一点でよくまとまって見える。情報がつくるかたちは複雑だが、物語の雰囲気がつくる色あいはほぼ同じ系統の色でまとまっているのである。

18話の中心軸は、
「ヴィヴィオたち子どもの悲鳴」つまり全員が年端もいかない少女である①母を失った幼少期のスバルとギンガ、②あきらかにだまされているルーテシア、③悲惨としか言いようのないヴィヴィオの悲鳴と、
「もう一度飛び立つおとなたち」つまり、奪われたものを取り返そうとする①現在のスバル②はやてと機動六課、そしてアースラ③母親であるなのはとフェイト
との対比である。

つまり、冒頭の”2つの物語づくりのパターンがあった”というのは、ポジティブな印象で終わる(上記の「おとな」側)か、ネガティブな印象で終わる(上記の「こども」側)か、選択肢があったということだ。
そして18話が、物語を締める(まとめる)流れとして選択したのは「ヴィヴィオの悲鳴」のほうだった。
「子どもの悲鳴がないと締まらない流れを選択するのって、熱血魔法少女アニメなのか?」と考えると、相当に首をかしげるところがある。
ここにきて、やはり盛り上がりの薄かった1~7話あたりを考えてしまうのだけれど、『Strikers』は、バトルものに一般的な”勝負”や”勝利”のカタルシスをそもそも意図していないように見える。
そして思い返してみると、これまでのシリーズでも、男の子向けバトルもの的な”どう勝つか”は、『なのは』シリーズでは中心ではなかった。

『熱血』云々とアップテンポな物語であるように看板を出してはいるが、使っているエピソードはおおむね暗いのである。
実際、これまでのシリーズで描かれてきたフェイトやはやての話も、相当にひどい話だった。悪役の中に、子どもを犠牲に絶対できない人はいなかった。
ものすごく悪い言い方になってしまうが、これまでだってなのはシリーズは「ひどい目にあう年端もいかない少女」がまずいて、それが友だちや疑似家族に救われる話だったのだ

「前向きに終わらない」ところが『リリカルなのは』らしいという、特徴ある再起エピソードだったと思う。
あと、『リリカルなのはStrikers』のDVDは3話構成で、順当にいけば18話は16話、17話とセット(DVD6巻)になる。だから、DVDのまとまりとしては、燃える17話の次に、30分まるごとかけてネガティブなトーンで話をおわってもよいのかもしれない。

レジアス中将の小物化など、広げた風呂敷をちいさくして破綻なくまとめようとしている感じもあって多少引っかかる。
けれど、『Strikers』は、ものを作っているスタッフの選択や決断が見えやすいつくりをしているように見える。だから、やはり毎回考えさせられるのだ。

今回、about meのアンケートを連動してみることにしました。よろしければ。たぶん、[Q]の隣のリンクから、選択肢が見えて投票できるようになるんじゃないかと。
(自分で一度答えてみたら選択肢が表示されなくなりました。なにぶんはじめてなもので、about meのシステム自体まだよく理解できていなかったりも。作動変なようでしたらコメント欄に書いてやってください。)

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]魔法少女リリカルなのはStrikerS 17話 『その日、機動六課(後編)』

今回の17話の印象は、これまでほとんど画面に出してこなかった「血の赤」の大量投入が決定づけていたように思う。16話段階では目立たなかった炎上の炎の赤とくわえて、画面がほとんど常時赤い。
こういうメリハリをつけた一極投入は、やっぱり豪華で興奮する。ひょっとしたら、もう26話終了まで二度とやらないのかも。

前半で機動六課の無敵ぶりを打ち出してきただけに、六課陥落はさすがにショッキング。
あと、フェイトへのババの引かせかたもすごい。
個人的に、前作Asでは、「フェイトとなのはは戦ったら互角くらい」という印象だった。
それが、『Strikers』では、なのはのティアナに対する厳しさとフェイトのエリオに対する甘さの対比、そしてヴィヴィオへの対応のちがいがはっきり打ち出された。19歳のなのはは厳しい父性的なやさしさ、フェイトが母性的な”やさしい”女の子として成長したという対比だ。
(異論あるかたもおられると思いますが、8話のアレはどう見ても母性というより父性だと思います。)
おかげで、フェイトとナンバース2人の戦いで、フェイトが無傷で相手を逃がしてしまったことが「やさしさのせい」に見えて、がっかり感はなかった。
今回の17話終了段階で、観客的に、男の子アタマでの戦闘での強さ比べに決着はついている気がする。「魔法使いとしての技量は互角でも、真剣勝負になったら、フェイトはなのはほど厳しくなれなさそう」というあたりで。

肝心のガチ戦闘回である今回、なのはさんが空気だったことは、本当にうまいなと思う。
実際、『Strikers』では、これまでなのはの印象をとても大切にしている。
けれど、今回は「なのはさんが活躍してはいけない」展開だった。
なぜかというと、スバルの戦闘機人としての覚醒展開がムダになってしまうため。
17話で一番ショッキングなシーンは、ギンガが倒されて回収されたシーンだとして間違いない。
これを今回のクライマックスであるスバルの覚醒へとつないで、17話全体の軸としている。(だから、これだけ情報量の多い話でも、ギンガの登場は17話序盤でないといけなかった)
「機動六課は敗北して、たいせつなものが傷つけられ奪われた」という、17話全体の内容は、スバルの流れを追いかけるだけで読み取れる構造になっている。
六課の敗北展開自体、スバルのところの展開を一回りスケールアップしている構造なのだ(実際ヴィヴィオが奪われている)。ここの情報整理が崩れたら、ナンバーズが山ほど出てきているので、物語自体が相当ガチャガチャして見にくいものになったはずだ。
だから”覚醒したスバルを、素で殴り倒せそうな人”であるなのはは、絶対に17話で目立ってはいけなかった。
観客の目が、17話の中心であるスバルからぶれてしまうからだ。

可能性としては、なのはに活躍させる流れもありえたかもしれない。実際に、おもちゃの販促性が強い物語では、「どんなに脇キャラがいい味を出している物語でも、敵へトドメを刺すのは主役メカのバンク必殺技」ということがけっこうある。
だが、すくなくともそういう展開は、同じ方向の情報を一極集中して、ヤマを大きくしている『なのはStrikers』のリズムに合っていないように思う。

同じ傾向の情報の一極集中する、情報の引き算的なメリハリ作りは今回の17話でも健在。
今回引き算されたのは「スバルのマッハキャリバーの2ndモード以降」、他新人たちの限定解除されつつあるデバイスの実戦での見せ場。あとは「結局レジアス中将って今回なにがしたかったの?」「アインヘリヤルって何」というあたりが、まったく語られなかったこと。
こういう、見せ場を割り切ってストックする選択センスは、本当にすごいと思う。

今回、なのはが空気だったことは、もうひとつ重要な意味があったのだと思う。
新人たちがティアナ以外全員実質敗北、フェイトまでが翻弄された展開のおかげで「それでもなのはさんならなんとかしてくれる」と、なんとなく観客に期待を持たせていることだ。
この期待感を、なのはさんが何かしてではなく、なのはが何もしない(温存する)ことで作っているのが、物語を整理するセンスなのだなと思う。
ティアナをなのはに運搬させて、新人たちの敗北無間地獄の枠外にティアナを置いたのもさすがだ。ティアナは8~9話で大きいのをやっているので、二度目の大敗北をわざわざここで重ねる必要はない。
この展開の中、機動六課の頼りがいを一身に背負うなのはと一緒にいることで、「これからどん底だろうスバルを、ティアナがなんとかしてくれる」ような期待が持てる。
なのはの物語作りは、細かいところで本当にうまいと思う。

ギンガの退場は、戦闘シーンもほぼカットされて、まさにこのために出てきた感じ。ただ、まさか16話では姿を見た覚えがない(いたのかも)ギンガを、何事もなかったように17話はじめで”交戦中”にしてしまうとは思いませんでした。[7/29:ROMの人さんよりコメントいただき追記。戦闘展開になってから姿が見えなかっただけで、16話に2カット登場していたそうです。感謝]
情報の出し入れとしては、「タイプゼロ=スバル」という印象を観客に前もって植え付けられたので、16話ではギンガを出さなくてたぶん正解。(「タイプゼロが2体」ってギンガを合わせてだったのかと、17話を見てから気づいた)
そして、ギンガ退場の展開が17話の物語に絶対必要だったせいで、反則スレスレっぽく感じないところもうまい。陸士部隊のギンガが地上本部にいることは不思議ではないと、考えてみれば納得感もある。

予想外というか驚きだった点は、もうひとつあった。
展開はハードなのに、ギンガ以外、ひとりも脱落者を出さずに済ませてしまったことだ。
ギンガは死亡していても今後のスバルのドラマに大きく関わってくるので、物語的には死んでいない(実質キャラクタは減っていない)とも言える。
最低でもひとりかふたりナンバーズを削ってくると思っていただけに、本当に驚き。実際、これまでもいい加減、『Strikers』はキャラクターが飽和状態だった。しっくり行くようになってきたのは、15話くらいまでかけてのことだ。
これが17話でとうとう、「名前を持たない、人間ではなくお人形」だと思っていたナンバーズが姉妹同士で会話をはじめた。しかもそれぞれ姉妹としてお互いを気遣いあい、ナンバーズもまるで疑似家族のようである。

まさか『Strikers』スタッフは、ストーリーが2/3終わったこの期におよんで12人も新キャラを覚えろとおっしゃるか
『Strikers』、いろいろ冒険的で好きなのですが、キャラクタの多さだけはどうにかならないものかと。17話はとても楽しんで鑑賞したのだけれど、この点にだけは戦慄した。
よほどいい着地点を考えているのか、ここをどうおさめてシリーズを終えるのか、楽しみが増えたともいえる。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 第16話 「その日、機動六課(前編)」

実は、16話は、状況の全体構図としては、7話『ホテル・アグスタ』に酷似している。

  1. 機動六課による護衛任務だが、護衛対象と六課に協力関係がない
  2. 強力無比な隊長陣は建物内部にいて、初期段階では動けない。
  3. 敵の正体と目的が不明。
  4. 第一撃が、完全な奇襲である。
  5. 物語としても、新キャラの登場話にあたり、いい見せ場をあげる意味でも初撃がやられ放題である。

7話に似ているだけに、新人4人の成長がよく見える第16話になっていた。
普通に物語構成を考えると、ナンバーズの登場話数を散らすのだろうだけれど、それでもあえて16~17話の展開に12人全員ぶちこむ様子なのが『なのは』らしい。
男らしすぎる構成である。

こんなにせっぱ詰まった状況でも、純粋な前置きにAパートを使うところが『リリカルなのは』らしい。
ナンバースの武器はそれぞれ相当多彩な模様。せっぱ詰まった話数で突然大量に出すだけに、武器シルエットをかぶらせないようにしているようだ。

そしておそろしいことに、現状出てきた感じを見ると、突然に大量出現したナンバーズはどうも全員女の子っぽい。なぜ? 男の戦闘機人を入れちゃいけない理由が明確になっていないのに。
構成やキャラ配置が、いろいろ男らしすぎます。

『なのは』の物語を作っている思想は、相当に男らしい。けれど、たぶん『なのは』の物語を考えるとき、この設計思想の男らしさが引っかかってくる部分もある。
実は、なのはのような男性客向きだけれど女性キャラだけで成り立つ物語では、男性キャラの置き場がシビアに問われる。
お客さんが男性なので、男性の目はどこかにはかならずあるからである。主要キャラクタが女性ばかりであるからといって、観客が自分の目を女性視点に切り替えることなどできない。基本的には、感情移入や理解ができるキャラクタがひとりもいなくても、観客は男性視点を引きずるのである。そして、娯楽作品における”物語”とはお客さんのものである以上、これを無視することはできない。
『Strikers』では男性がまったくいない家族をつくった。ここには、男性が男性らしさを発揮できる居場所はない。
だから、『Strikers』から『なのは』に入ったお客さんが乗りにくいというのは、理屈的には正しい。

なのはスタッフが、一作目の『なのは』を女性ばかりの世界にしたのは、たぶん『リリカルなのは』シリーズが元々、第二次性徴前の小学生を主役に動いていたからだ。
3作目までくると、なのはが十九歳になった。前2作なしで『リリカルなのはStrikers』が単発の物語としてはじまっていたなら、きっとキャラクタ配置は、こんな女性だらけにはならなかった。男性観客が視点を置くための男性キャラクタを、どこかには配置したはずだ。
もしくは、女性だらけの配置にするなら、もっと「女の子」を前面に打ち出した物語作りをしたはずだ。
そのあたりのひずみがどこに出ているかというと、まさに”ナンバーズ”の皆さんだ。
つまるところ、ナンバーズの個々のキャラクタに対して、まったく感情移入も応援も「こいつだけでも助かってほしいなあ」という感情もわかないのである。
女性キャラクタが多すぎて、かつ男性のお客さんにとっての目の置き所がないから、「特定キャラクタをひいきにする」こともむずかしい。だから、女性キャラ自体の価値がいつのまにか暴落しているのだ。

主役の年齢を動かすことは、物語のテーマとのかねあいを考えると、予期しない問題を抱えこむ危険をのむということだ。
たぶん、19歳なのはではなく、9歳なのはのままなら、物語はもっとやさしく進んだと思う。その中で、ナンバースにも、全員助かるのはやりすぎにしろ何人かとは話ができて、何人かは新しい道をさぐれたはずだ。

なのはさんが、8話以降ネタキャラ気味ではあるので、どこかしかに男性客がとっつける場所をつくってくれると、個人的にはうれしい。

あと、16話のひそかなチェックポイントは、今回ギンガが出てこなかったことだと思う。
26話全体のラインを妥当に考えたとき、”家族”というメインテーマを引っ張るべきキャラクタは、ヴィヴィオではない。なのはであり、そしてスバルだ。
スバルは、1話から出て、なのはを追いかけて成長してきたキャラクターだ。だから、流れ的に言うと、スバルが「”家族”がからんだ試練」に出会わないと物語のまとまりが悪くなるのだ。

16~17話を逃すと、スバルがらみの設定とドラマが、『Strikers』の主線である”家族”につながる機会を失する気がする。
だからこそ、ギンガが今回の16話に出てこないのが、ちょっと引っかかる感じではあります。もっとも、ナンバースの中に、すでにギンガがまぎれこんでるかもしれないわけではありますが。
このあたりどうなっているかは、17話を見てみないとわからないのですが、最後の「タイプゼロ」の設定に触れたのが目くらましで、スバルで17話の設定開示ではなく”ドラマ”を動かすのなら、うまい隠しかただなとは思います。

なぜこんなふうに細かいところをほじるような書きかたをしているかというと、どうも『Strikers』は、大きい流れを大切にして細部はすっ飛ばす構えに出てきたように見えたため。
別に触れなくてもいいかとも思ったのだけれど、8話あたりの感想や考察で触れたので、大きな話が動き出す前にエントリに書いておくことにしました。
1話ずつ見て1話ずつ感想を書いてゆくのは、昔の予想や考えたことが、実際の話数でどう当たったり外れたりしているかが見えてとても楽しいですね。
こうやって入り込んで作品を見れることは、感想blogを書いている役得だと思います。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 15話「Sisters & Daughters」

嵐の前の静けさの回。

シナリオでよく使われる三幕構成の理屈どおりだと、続く16話~17話ないしそこからはじまる一連の展開が第2幕のクライマックスになる。
(三幕構成は簡単に言うと、全分量を3つに割って整理するという手法。このblogだと12話のエントリですこし触れてます。)
物語全量での統一感を考えると、ここからの展開はスバルに相当きついものになりそうだ。

もしも今回の襲撃でギンガをリタイアさせる(ないし裏切らせる)つもりなら、12話~15話までの前フリの打ち方は素晴らしいと思う。

クライマックスに入ってきたら改めてまとめるつもりだけれど、『Strikers』では、戦闘シーンのシチュエーションに前話までとかぶりがないように考えられている
15話で、ギンガとスバルの模擬戦を戦闘シーンとして持ってきた。これは、物語的に盛り上がる位置として見事にワンチャンスをとらえたと思う。戦闘機人とスバルの母関連の話がなければドラマにからまなかったし、16話以降、訓練目的の(ドラマ的に色がついていない)模擬戦をやる余裕はもうなくなるはずだからだ。

このblogの感想では何度も書いていることだが、本当に『Strikers』は全26話の話の全体を見ながら一話一話を進めているのだと思う。
これも、全26話を全部見たあと、あらためてまとめることになりそうだ。実は、ここまでの戦闘シチュエーションの推移はある程度まとめたテキストを書いてみた(近いうちにアップします)のだけれど、列挙してみるととても面白い。
ただ、流れを考えてみて、15話時点まででも気づく部分はある。それは、普通の物語でなら、次の16話からはじまる展開のほうを、12話~13話のヤマ場に持ってきていたはずだということである。
この切れ目のヤマ場に「ヴィヴィオという新しい家族との出会い」「広がる人間関係の輪」という”あかるい話・しあわせな話”を持ってきたあたりが、なのは”らしさ”だと思うのだ。
なのはスタッフの物語における”らしさ”の打ち出しは、本当にセンスがいい。

ただ、「前線メンバーと”本気”のなのはの実力差」がまったく見えない問題は、まだ残っている。

キャラクタ間の実力差は、物語の流れを考えるとき問題にならないよという考え方もある。戦闘における実力序列は、週間少年ジャンプのバトルもの漫画がはっきり示しているように、あってもあまり意味のないものだからだ。
たしかに、男性のお客さんは「誰は誰より強い」的な序列づけが、私自身もふくえて非常にすきだ。けれど、物語はたいていその序列に不誠実だ。
物語がそれを求めるなら、強敵でもたいがいは「バカな、こんなことが!」で吹っ飛ばして問題ないのだ。実際、物語が実力序列に忠実すぎると、物語が気持ちよくなくなって観客もこまる。

それでも、『Strikers』の場合は、実力差問題がけっこう大きな位置を占めている。
言うまでもなく、『Strikers』は、主人公であるなのはが、後輩たちを指導する立場にいる物語だからだ。
主人公が底辺にいてのしあがってゆく物語では、実力差とは最終的につぶされるためにある。だが、立場がある人物を主人公にする場合はちがう。立場や実力とはまさに主人公が歩んできた結果であり、それを否定することは、この道のりを否定することだからだ。

さらに、ナンバーズ側にキャラクタがおそらく10人以上いることが、課題を非常にむずかしいものにしている。
なにがむずかしいというと、この数は、ナンバーズの中での実力序列がはげしいことを意味しているからだ。
これだけ数がいれば、普通に考えれば、ナンバース以外の敵がまだ後ろに多数ひかえているとは考えにくい。つまり、スバルたちもなのはたちも、両方がナンバースと戦うということだ。
「スバルたち前線メンバーが戦えるレベル」と、「本気の隊長格と打ち合えるレベル」と、ナンバーズの中で実力格差がある可能性が高いと思う。
そして、この”格差”こそ、『Strikers』の物語が明確なかたちでは絵にしてこなかったものなのだ。
(8話の”アレ”ですら、9話の話では手加減していたそうだ。なのはと前線メンバーには、どれほど実力差があるのだろう。)

この格差を、物語上でどうやって画面に出すつもりなのだろうかと考えると、これは楽しみでならない。

11話~12話で4人程度の顔見せしかできなかったものを、たぶん16話からの展開では、倍以上の人数を動かして物語にひとつのケリをつけることになる。
全26話中の16~17話(全量の2/3を消化)という話数では、たぶん解決丸投げがそろそろ厳しい。先に送ったら、後ろがつかえている以上しんどくなる一方なのである。
物語のかたちによっては丸投げも十分あり得るのだけれど、『リリカルなのは』らしくはない。『リリカルなのは』は、おさまりのいい物語を描いてきているからだ。

楽しみのポイントは、個人的にはもう一つある。
『なのはStrikers』の物語は、ヴィヴィオの登場となのはたちを母親にしたことで、物語の軸線を一本増やした
けれど、決定的な物語の軸をいじるのは、たいていの物語にとっては致命的な結果をもたらす。最近だと、『グレンラガン』で、ニアにヒロインの軸線が移ったとたんにヨーコの影が薄くなったのがそうだ。『グレンラガン』が失敗したというより、元々からむずかしい挑戦なのである。近いところで顕著なものだと、『コードギアス』のスザクが騎士に叙勲されたあとの展開もそうだ。
軸線をいじれば、表面にすぐあらわれるかはともかく、物語は元のままではいられない

職人技を発揮して整理するのか、それとも物語的(ドラマ的)な爆発を作って全部押し流してしまうのか。ある意味未曾有の状況になるのはたしかだと思う。
とりあえずひとりの観客としては、「どうなるのかまったく想像もつかない」。

ひょっとしたら残念エントリを書くことになるのかもしれない。
けれど、現状、16話からの展開を心から楽しみにしている。
本当に、ここまで期待がふくらんでいるのはアニメを見ていて久しぶりだ。
『なのはStrikers』が、これからはじまるシナリオ的なヤマ場でなにを見せてくれるのか、本当に楽しみにしている。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 14話 「Mothers&children」

あいかわらずというか、組織まわりの描き方はかなりいい。
今回は、仕事中にヴィヴィオが気になって、彼女のデータを見ているなのはの描出がおもしろい。アニメはどうしても対象年齢層の低いあたりを意識する部分あるけれど、こういうサラリーマンぽい描写をアニメがやるのは、非常にめずらしい。
『なのはStrikers』が中心ターゲット層の一角にはたらいているおとなを強く意識している証左ではないかという気がする。

実際、『なのはStrikers』の物語が、機動六課という”せまい世界”の中で進んでいた理由が、ようやくあきらかになってきた。
つまるところ、家族の物語だからだ。

  1. 家族だから、お父さんとお母さんはちゃんと働いているよ
  2. でも、家の中と外で描く舞台をわけると、物語が二分されるし戦闘シーンをはさみにくくなるよ。
  3. そもそも、「なのは」で描いてる”家族”の物語って、基本的に「愛情にめぐまれない子ども(フェイト・はやて)が、”疑似家族”で救われる物語」だったじゃん。そもそも、『なのは』シリーズは、ちゃんとした家族がいるなのはが、むずかしい話を一切”本当の家族には相談しない”物語だったのだ。
  4. じゃあ、職場(機動六課)を疑似家族にしちゃえ。
  5. 疑似家族にしちゃえば「誰かが死んだら誰かが悲しむ」という納得感が出るから、戦闘の緊迫感もすごいことになるよ。

という感じだったのではないかと、最近感じているのだ。
だから、組織やそこではたらいている”人間の力学”、そして職場の”人間関係”を、かなりの手間をかけて描いているのだと考えると、しっくりくる。家族とは、せまい世界を中心とした”人間関係”だからである。

もっと働いている彼女たちの姿を、序盤から打ち出していけばよかったんじゃないかとは思う。

とはいえ、世間がせまいと、序盤がまさにそうだったように、まわりが味方だらけで物語がぬるくなってしまう
さすがスタッフは、そのあたりをよく把握していたようだ。
12話~14話に入って機動六課を取り巻く状況をシビアにすることで、一気にバランスがとられた。

  • レジアス中将をここに来て強力な敵として打ち出したこと(14話)
  • スバルの母親をからめることによって「任務中に死人が出る可能性」をほのめかしたこと(14話)
  • 機動六課が実は孤立無援であることをはっきりさせたこと(13話・14話)
  • スカリエッティの正体について、いまだに手がかりもろくに出していない(身近にスカリエッティがひそんでいる可能性を提示している)こと(14話)
  • 主要な敵を、まだ退場させていないこと。つまり、散発的な攻撃をさせると勝負になり、勝敗がついてしまう。だから、戦闘シーン自体を絞って勝負自体を起こさせないようにしている(緊迫感を保留している)こと(12話)

この「組織ひとつを疑似家族にしてしまう」という構造は、ドラマ的にも大きく寄与しはじめた。
機動六課というちいさな世界を、過度に家族的に描いていることによって、「家族のすぐそばに敵が忍び込んでいる」という状態を作っているからだ。

『なのはStrikers』は、全26話中の1/3以上にあたる9話まで、ひたすら機動六課というせまい世界ばかりを描いてきた。
ここで”機動六課という疑似家族”がどこまでなのかという線が明確になった。つまり裏を返すと、”その枠の中にはいらない外側”も明確になった。
だから、これから後半の物語のキーキャラクターになるヴィヴィオは、「本格登場した13話から14話までという超ハイペースでも、機動六課の”内側”の枠に明確に入れておく」必要があった。

今回の14話の物語主線は、なのはとフェイトの朝の目覚めからはじまって、疑似家族である機動六課の面々の進歩と状況の進行をじっくりと追いかけながら、ヴィヴィオが”家族”になって締まる話。情報自体はたくさん入っているけれど、物語主線にぶれはないから、多少煩雑でもきちんと読み取れる。
次の話へ向かって投げているヒキも、やはり”家族”の話であるナカジマ家の母親の死についてのエピソード。
なのはスタッフの、あまりしつこくせずにテーマを統一するセンスは、本当にすばらしいと思う。

『なのはStrikers』の物語は、どこを切っても機動六課の身内ばかりである。
逆に、六課の身内でないものは、六課メンバーに致命的な被害をおよぼす現状の敵である。
そして前述したように、①敵の手の内も実力もわからず、②敵がどこにひそんでいるかもわからず、③戦いは人死にが出る可能性のあるものである。
つまり、我々がふだん目にする物語の常識になおすと、常に家族の誰かに死亡フラグが立っているという状態になる。
この万年死亡フラグ状態が、現在の『なのはStrikers』にとっては、トップスピードではなく巡航速度なのだ。
「家族」や「友だち」というせまい世界にドラマの中心が常にあった『リリカルなのは』シリーズらしい、本当に”らしい”選択だと思う。

11話以降の展開を見ていると、本当に『なのはStrikers』は、26話の全体構成をきっちり考えて作っているのだなと思う。
冷静に考えて、「初回あたりから出ていたスバルの母親の死亡エピソードが、14話にようやくあきらかになりはじめる」ペース配分は、そうでないとおかしい。
そもそも7話までの序盤は、ほかに描くことがあったどころか、全然ドラマチックなことが起こらなくてスカスカだったのである。

シーンや展開のキメ止まりをあげて「同じ展開をシリーズ上で一度しか作らない」よう、26話全量での物語整理が行われている。
ほかにも、1話あたりの情報密度をあげたり、社会のややこしい話を盛り込んだり、1話あたりでまったく話が完結しなかったりと、リリカルなのはという枠がゆるす範囲でいろんなことを試している。
割り切って、低年齢層のお客さんが嫌いそうなことを片っ端からやっている印象だ。

3作目を作るにあたって、対象とするお客さん層を広げるのではなく、すでにいるお客さんのほうを重視したのだなとつくづく思う。
同じことを三度やると、お客さんは飽きるものだ。けれど、新規のお客さんへ向けてアピールするなら『リリカルなのは』シリーズの一番強いかたちである従来のかたちのほうがいい。
ふたつのうちどちらを取るかを考えて、『Strikers』のスタッフは飽きられないほうを選んだのだと思うのである。

”友だち”から”家族”へ。
そのシフトが意味しているのは、そういう早め早めに手を打った挑戦だったのではないかと思うのだ。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 13話『命の理由』

そろそろ本当に、魔法少女モノなのか、軍隊モノなのかわからなくなってきた
『なのはStrikers』は、すくなくとも『ガンダムseed』あたりより、確実に軍隊や軍事組織を描いている。下手をすると、そのへんの仮想戦記よりもしっかりしている。

そのくらい、今回の13話であかされた機動六課の位置づけは、見事な設定だと思う。
物語が機動六課のような特殊部隊を描くとき、背後の責任系までつくることはほぼない。つまり六課がポシャったときに誰が責任をとるのかがはっきりしているだけでも、『Strikers』は特異なのだ。
しかも、機動六課に危機感をいだくレジアス中将の立場にも、一定以上の妥当性がある。これは本当にすばらしいと思う。

物語では、たいてい、こういう独立精鋭部隊は、雲の上の人を最高責任者にすえるようなかたちでお茶をにごしてしまう。
もうひとつのパターンは、実体がよくわからない設定だけの人物を置くことだ。
ガンダムを例にすると、映画『逆襲のシャア』で、ロンド・ベル隊にかかわった”連邦政府高官のジョン・バウアー”がこれだ。ジョン・バウアーは、ロンド・ベル隊の設定を説明するために重要な位置を占める。けれど、ジョン・バウアーがどんな政治勢力と利害を背景にしているのかは、どうもよくわからないのだ。(ガンダムにそこまで詳しいわけではないので、間違っていたらすみません)

だが、現実問題から照らすと、”雲の上の人”パターンにリアリティは薄い。
現実社会では、組織はただえらい人と肩書きをキャラクタにつけるためにあるのではなく、きちんと仕事の範囲と責任範囲が決まっている。
だから、「本当に世界の存亡をかける(何百万人以上の単位の)損害が出てもケツをもてる雲の上の人」なんてものは、戦争時以外の平時には存在しない。
物語上のエース部隊が無茶をやってもOKなのは、雲の上の人が責任をとってくれるからではない。物語上そうなのだという合意がお客さんとの間にあるからだ。これが悪いわけではなく、合意の部分をどう納得させて、肝心なヒーローの活躍のジャマにならないようにするかが、雲の上パターンのみどころだ。

実体のわからない人(ジョン・バウアー)のパターンに関しては、ほぼダミーとして割り切って使われる
ブライト艦長は、物語中、ただシャアたちネオ・ジオンと戦い続けた。地上で政治活動をしている人の立場をおもんばかりながらラー・カイラムを運営しているところは、画面上に描かれなかった。
物語は戦争状態でそれどころではないのだから、お客さん的にも納得できる。

『リリカルなのはStrikers』では、この責任者のあつかいが面白い。
”実体のわからない人”であり雲の上の人でもある、伝説の三提督は、表に現れない。
かわりに、機動六課がポシャったときに責任を問われるのは、ハラオウン家のクロノとリンディさんであり、はやての恩人である騎士カリムだ。
設立に力は貸してもらった。だが、身内の首が飛ぶから、組織の中で機動六課が傍若無人に振る舞うことはできない
こういう設定への納得感をドラマに結びつけるセンスは、本当にすばらしいと思う。

ただ、ここまでしっかり社会のしがらみを描く必要があったのだろうかと考えると、かなり疑問だ。
お客さんが『リリカルなのは』に望んでいるのは、少女たちのハートフルな成長物語であって、派手な魔法バトルものだと思う。
すくなくとも、組織の論理と戦いながら、組織でしかできない事業をする青年将校のものがたりではないと思う。

機動六課と時空管理局の組織については、どうして早期にもっときちんとした説明を入れておかなかったのか不思議ではあった。
どうやら13話を見るかぎり、

  1. 機動六課がどういう性質の組織であるかという、真実。
  2. 時空管理局と周辺の政治地図上の、機動六課の位置づけ
  3. 機動六課が直面している、政治的な難題(つまり社会的な妨害者)

を、13話にまとめて一気に説明してしまうつもりだったようだ。
しかも、それらすべてが、今回のレリック事件に関わっていることを示すように、物語的に必要なパーツがそろうのを待ってだ。
たしかに、最小のことばで状況をかたることができる、効率のよい整理だったと思う。
実際、この13話で、物語は、この先の展開に緊張感をぐっと増した。新展開を告げる好エピソードだったと思う。驚きをもって見させてもらった。冒頭のアギト、ラストのはやて、同じ古代ベルカ式魔術にかかわるふたりの、『いのちの理由』のカットも印象的だった。

それでもやっぱり、疑問に思う部分はある。
今回かたられた機動六課の話は本当に、前半7話くらいまでをぬるくしても、13話まで引っ張らないといけないことだったのだろうか?

『リリカルなのはStrikers』は、前作までと同じ家族と友だちの話なのか、それとも社会の話なのか。
いったいどこに着地するつもりなのか、狙ってか狙わずか、観客を迷わせる13話だったと思う。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 12話 『ナンバーズ』

12話は、11話のもっさり感は何だったんだという『なのは』らしい盛り上がり。
特に、物語上オーバーパワーな機動六課に対して、中将という拘束要素がようやく出てきてくれたことが、物語を緊迫させてくれた。中将の懸念の理由も、現状、筋が通っていてよい感じ。
物語を約50%消化して出てくるのは、いくらなんでも遅すぎると思うのですが。

13話も、予告編をみる限りでは、これまでかくしてきたルーテシアまわりの話をあかす、重要な話になるようだ。

ここまで見てきて思うのだけれど、『Strikers』は、26話をおおきくAパート/Bパート的にわけて、物語を作る前半と急転させる後半にきれいに整理している様子だ。
実際、これは『ミッドポイント』というシナリオ上よく使われる概念をきれいに踏んでいるわけで、物語構造上理にかなっている。

ミッドポイントについては、親切に解説してくれているサイトがウェブ上に見あたらなかったので、すこし専門用語を使っている説明をお借りします。(でも、簡潔によくまとまっています:原文には文字修飾なし。一部記述をカット。すみません)

第2幕でもっとも重要なのは、P60前後の「ミッドポイント」である。60ページ目という位置は、P31~90にかけて書かれる第2幕の中心であると同時に、全120ページのシナリオの中央部分でもある。ここに、ストーリー全体の流れを大きく変える重要な事件を配置する

「ミッドポイント」の前後にあたるP45とP75付近には、「ピンチⅠ」と「ピンチⅡ」と呼ばれるエピソードを盛り込んでいく。
ピンチはストーリーを本来の流れから脱線させないために有効だ。ピンチⅠはミッドポイントを活かすための伏線である。ピンチⅡにはミッドポイントのエピソードと直接関連して、それを補い、掘り下げるような挿話を書くとよい。

引用元--やさしい文章講座-文章の書き方・小説の書き方教えます!

用語がならんでいるけれど、つまり『第2幕』というのは、物語全体を大きく3分割したうちのふたつ目。第2幕の前にはもちろん第1幕が置かれているわけで、この1幕と2幕の間の切れ目を作るのが、後述されている『ピンチⅠ』になる。
『ミッドポイント』は、アニメでいうと、アイキャッチ(CM前後)の前に派手な展開があるようなヤツ、基本的にはあれのことだと思っていい。

『なのは』のシナリオはこういうところに本当にセンスが良くて、『ピンチⅠ』にあたる8~9話(つまり魔王なのはさん降臨、新人シメられる)で成長させたティアナに、12話で幻術を使って活躍させている。
これは、ピンチⅠ~ミッドポイントへと流れるセオリーに、忠実にそっている。これだけキャラクタがたくさん動き回っている12話で、物語が最低限度のまとまりを持っているのは、この流れのおかげだ。

これは、たとえばもエリオやキャロがこのはかりごとをしていたらと考えてみるといいと思う。
変化はまちがいようのないものになると思う。”ティアナ以外のキャラクタはまだ物語にドラマらしいドラマを積めていない”から、よくやったとかがんばったと観客の心が動きづらい
12話の全体印象として、なのはたちばかり目立って、新人がいらない子に見えてしまったはずだ。
だから、12話でナンバーズに一矢むくいる新人側の見せ場はティアナがベストだったし、先輩の貫禄を見せる(砲撃のピンチから仲間を救う)のはなのはがベストだった。先輩キャラクタの象徴はやっぱりなのはなので、なのはが活躍してくれないと観客的にさびしいのだから。

12話の物語は、この2つ(なのはの砲撃阻止・ティアナのはかりごと)の展開が中心になって、複雑な話に一本の強い流れをつくっている
目立たないところの基本が、物語が転倒しないように支えているのだ。『なのは』スタッフの、この要所を外さないセンスは、本当に素晴らしい。

逆に、これだけセンスがある作り手の物語が、なぜここまでの前半もっさりして見えているのか、ずっと気になってしかたがない。
13(or12)話構成のアニメが市場に多く、13話構成のテンポで進む物語を見慣れた身としてはのんびりして感じるせいもあると思う。
最近は、26話の全構成から、各話へのエピソード配置を計画的にしすぎたということなのかと思うようになってきた。
11話と12話を見比べて感じるのだけれど、『Strikers』は、構成上で盛りあげがちいさくなる話を、はっきり切り捨てすぎだと思う。捨てるところを捨てるのはメリハリだ。けれどある程度、一話あたりの見どころと交換だと、わりきるものなのではないだろうか?
(最近だと、今週のグレンラガン12話も、物語の流れから切り離された、明確な捨て回だった。それでも、四天王アディーネとニアの髪のおかげで、そう見えなくなっているわけで。)

本当に『なのはStrikers』は、おもしろいけれどつくりが手慣れていないというか、変なところで書きたい衝動を刺激する。
たぶん、個人的には好きだということなのだと思う。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 11話 「機動六課のある休日(後編)」

ごめんなさい。今回、ちょっと感想がネガティブです。
物語の展開速度をあげるか、もっとわかりやすく危機感をもりあげてほしかったなというのが第一の感想。
それと関係しているが、現状、中心が何なのかわかりにくいというのが第二の感想だ。機動六課がレリックと少女を守るのはわかる。けれど六課が、町の守備部隊から要請を受けたわけでないのに、少女をスバルたちにまかせて飛行型ガジェットに戦力の大部分をさいている理由はよくわからない。

9話と10話がよかっただけに、状況が急を告げたはずの今回の11話は、よけいにもったいない。
このままだと13話まで攻防戦が続きそうに思える。だが、状況は大きいはずなのに、あまりにも危機感がない。これはある意味新鮮なのだけれど、『リリカルなのはStrikers』は、味方の判断が的確すぎて安定しすぎているせいだ。
トップのはやてはバンバン先手を打って、隊長たちの即応能力も高い。新人たちのミスも、本当に致命的になるまえに誰か上役がフォローしている。組織としてこうあってはほしいのだけれど、おかげであんまり盛り上がらないんだろうなと、個人的に思う。
あきらかにスカリエッティたちが挑戦者で、機動六課のほうがチャンピオンに見えるのだ。それも、実力差がありすぎて、チャンピオンがどんなKOを見せてくれるかが気になる防衛戦だ。

こうした味方が有能な物語だって、たくさんある。(銀河英雄伝説におけるヤン・ウェンリーの立場など)けれどたいていの場合、上層部が無能で主人公たちが振り回されるか、でなければライバルもむちゃくちゃに有能だ。
けれど、『Strikers』では現状、機動六課をめぐる上層部はおろか敵であるスカリエッティたちも、まだほとんど描きこまれてはいない。
本当は、七話くらいまでの間に、今回の十一話を不安にするための種をまいておくことはできたのかもしれないけれど、あまり組織論に突っ込みすぎると『なのは』らしくないようにも思える。
家族の物語だった『リリカルなのは』に、組織が必要だったのかと考えると、本当にこわい選択だとは感じる。続編もので舞台を広げるのは、本当にむずかしい

本当に、味方にヒーロー、ヒロインがたくさんいる豪華な編成だと、物語作りはたいへんだ。
ハリウッド映画などで続編モノがよく失敗しているのも、こういう新要素と旧要素のバランス調整なのかと思いながら見ていた。
外野からは、人造魔導師たちがスバルたちを瞬殺するくらいでも、緊迫感としてよかったように思える。せっかく今までガジェットばかりぶつけ、人間の敵と直接戦闘するシチュエーションを温存したのだ。それを生かして第一印象をつくるほうが、むしろセオリーだっただろう。
けれども、『Strikers』には、あえてスバルたちを大事にしてやる理由が、おそらくあったのだ。

ただ、それでも物語は、先に何が待っているかとは別に、その場その場がおもしろいことが要求されてしまう。
今回の緊迫感の薄さは、いろいろな状況を考えあわせても、やっぱりまずいのではないかという気がする。機動六課は隊長二人の限定解除(+レイジングハートの新モード)と、リーンのユニゾンまで残している。この鬼戦力が、的確な判断で運用されるのだ。
今回の”敵”登場の第一印象では、ピンチになる気がまったくしない。勝つとわかっていて、焦点もわかりづらい戦闘が長く続く展開は、やっぱり問題がないとは言えないと思うのだ。
敵戦力はまだ増えるのだろう。けれど、機動六課側にしたところで、これからまだシグナムが合流する様子だ。

『Strikers』が目指すものはともかく、なにか一発、観客をアッと言わせる展開があるのだとは思う。
その”一発”でスカしてしまうと、かなりダラッとした第一クール終了になってしまうかも。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 10話 「機動六課のある休日(前編)」

ようやく、物語回しがうまい『リリカルなのは』が帰ってきた感触。
どこがうまいかというと、30分という尺に対する時間の使いかただ。前作のAsあたりは際だってこれがうまかった。

『リリカルなのは』の物語回しのテンポは昭和アニメーションに近いと、個人的に思っている。
基本的に物語あたりのエピソード数はすくない。そして、OVAならアイキャッチまでのAパート(10分程度)で終わらせる展開に30分かけて、物語の結論は容赦なく次回へ送ってしまうのである。
だが、その余裕のある物語回しのおかげで、キャラクタの日常描写に時間をかけたり、細やかな人物像が浮かんでくるシーンを作ったりすることができる。今回でいうと、エリオを心配するフェイトのようなシーンは、ふつうに物語作りをするときはまっさきにはずしてしまうところだ。こういうシーンは、物語を一切進めない。
それでも、『リリカルなのは』では、物語を遅くしてでも丁寧にそれを描く。その積み重ねが『なのは』の空気感をつくりあげてゆくからだ。

戦闘をウリにしているのに、雰囲気作りに過剰に時間を投資するのが、『リリカルなのは』の芸風だったのだ。
『Strikers』ではここまでこれが見られなかったから、『なのは』のシリーズとして見ると不満だったのかもしれない。

昔(80年代前半くらいまで)のアニメーションは、そんなに物語的な大きな山や急展開はないもののほうが多かった。
せいぜい、8話にひとつ程度で、一年49話として全体で6つ程度の山があるイメージだったように思う。
この比率をAsにあてはめると、「新デバイスへの代替わり」と「夜天の書復活」のふたつが大きいヤマで、他は基本的にそこまでの前フリと、それへの締めだ。
『Strikers』も今のところ、8話で一ヤマの物語だ。つまるところ、テンポ的には今くらいの物語まわしの速度で、きちんと物語進行は印象づけられる。それはむしろ古くからある堅実な方法だ。
「物語はきちんと進んでいるんだな」とお客さんに思わせるぶん、状況がきっちり進んでいればいいのだ。実は、描くものを適切に選択すれば、本編分量の25%(本編20分とすれば5分)も物語進行に回せば、きっちり物語が進んだ話に見えるのだ。

テンポは堅いのに今回の『Strikers』の序盤が不安定だったのは、数が少ないからまちがってはいけないエピソード選定に、あきらかに違和感があったからだ。
昔のアニメですら、序盤は気合いを入れて急展開を作っていた。だいたいの体勢ができてローテーションが回りはじめるまでは、けっこう気合いを入れてテンションをあげていたのだ。
『Strikers』は、序盤で勢いをつける展開をつくらず、「勢いをつけるキャラクタが誰になるか」も明確には指定しなかった。
これだけのキャラクタ人数がいながら、役割分担に明確なメリハリをつけることを拒絶した。これは、今風のキャラクタの動かし方になる。
テンポは昭和、キャラクタの動かし方は今風だ。
だから、『なのは』の感触はなつかしく、印象は新しい。これは、他の作品と『なのは』をわける、ひとつの明確な武器だ。これを徹底して手放さないのは、制作者がよくわかって動かしているということなのだと思う。
実際、10話の”ただの休日風景なのに世界が広がっているような加速感”を出すためには、シーンのキメ止まりをあげるため、9話以前に「新人のプライベートを描く展開を描いてはいけない」。市街地を11話で戦場にするなら、市街地風景も初出のほうがお客さんの印象は強くなる。だから、首都近くに機動六課の基地があるのに、首都の市街地もこれまで描かなかった。

「あれもこれもと面白そうなものを足していく」のは、足し算的なつくり。
「全体構成の中で、できる限りキーポイントで出す情報を初出にして、要所のキメ止まりをあげる」のは、引き算的なつくりだ。
へたくそだと、引き算ができない。物語の引き算は、実際、勇気がいるし非常に難しいのだ。
よくガマンして地味な展開を7話まで続けたなとは思う。でも、勢いをつけなければいけない序盤での引き算は、ちょっと難易度が高すぎる。

きっと展開は、制作者がはじめに26話分たてた計算通りに進んでいるのだろう。
でもやっぱり、物語にエンジンをかけるまで10話もかかる(そして第一アクトを低めのテンションで引っ張り続ける)のは、効率が悪かったなとは思う。

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魔法少女リリカルなのはStrikerS 9話 『たいせつなこと』

あれだけ8話で好き勝手やっておいて、「なのはさんの訓練弾は優秀」のひとことで緊張感のレベルを一段さげたのは、うまい。
けれど、7話までだらっと物語を流してしまった現状を考えると、結局怒濤(どとう)の展開は起こらなかったということで、厳しい。
それでも、すくなくとも今回は、シーンにムダもなく、『Strikers』でもっとも脚本と演出がかみ合った話だった。

  • この9話の中で完結する見どころがきちんとあり
  • この9話でなにをしたいのかが明確で
  • 8話までの物語の意味づけを提示し、10話以降の流れへの筋道をつけた
  • ついでに、おおきな物語もすこし進んだ

物語の流れとして、今回の9話は、シーンが妥当に配置されている。
あくまで妥当であって素晴らしいではないのだけど、『リリカルなのは』は妥当なものの丁寧な積み重ねが武器なので、らしいかたちだと思う。

ただ、やっぱり「Strikersはどうしちゃったんだろう」という感覚は残っている。
どこにそう感じたかというと、元々は、なのはとティア(新人)がモメていた問題なのに、その解決をシグナムとシャーリーがやってしまったことだ。

そのあいだ、なのはさんはなにをしていたかというと、敵が海上に出て新人では戦えないという理由で、みずからそれを迎撃に行っていた。
このあたり、設定としては教官と訓練生の関係よりも本来業務のほうが大事なので、多少引っかかるが妥当だ。

ティアナはというと、本人がいない間に、取り巻きによって「なのは」「なのはAs」の回想まで使って袋だたきだ。
そして、機動六課に居場所がなくなるんじゃないかというほどぼろぼろになったところで、なのは本人がようやく登場する。これも、高町なのはというキャラクタを徹底的に大事にして傷はつけないのだという意思表示だと思えば、妥当だ。

ティアナ袋だたきから締めに至る流れを、まとめるとこうなる。

  1. シグナムが「軍人」としての立場から、厳しいことを言ってティアナを突き放す
    お客さんの何割か(特にティアナに感情移入してくれている人たち)は、道理としてはわかるけれど感情として納得できない。
     
  2. シャーリーが前2シリーズの回想をひきあいに出して、お客さんの感情として今回の展開を納得してもらう。
    ほぼ全員が昔は敵だったことで新人全員を驚かせ、無茶をするとダメなんだとなのはの失敗を出すことで、ティアナを追いつめる
     
  3. なのはが、これまでの訓練展開についての真意をようやく話す。
    「わたしの教導、地味だから」と、なのはもあやまる。
    しかも、ティアナのいいところを教えたうえ、彼女の考え方は間違っているとは言えないと、クロスミラージュの近接格闘モードを解除してティアナを肯定する
     
  4. 物語の流れとしてこれが正しいことを提示するため、ティアナが『ストライカー』というタイトルにつながる目標点を、なのはからの受け売りとして新人たちに伝える。

やはり、理にかなって妥当な配置だ。
「突き放し」「追いつめ」「肯定し」「フォローする」かたちにケチをつけているわけでもない。論理的な構成というのは、どんな厳しい感情をなぞる流れでもこうした段階を踏むものだ。感想サイトをすこし回らせていただいたが、9話は実際きちんと効果をあげていると思う。

今回の9話で、リリカルなのはStrikersの構造自体、あらたな局面をむかえたと言っていい。
8話までの「結局スバルとなのはのどっちがメインなんだ?」という問題には整理がついた。
「メインはなのは」ということで、一本化したとみていいと思うからだ。
スバルにメインをあずけるなら、このどん底の状況からはいあがるため、「先輩の話をただ聞くだけ」ではなく、ちいさなものでもふたりの力で何かをつかませるべきだった。

けれど、一番あぶない方向に流れたような気はする。
新人4人までなのは肯定派になったことで、人数配置が極端な偏りができてしまったせいだ。
この偏りがなぜあぶないかというと、キャラ人数とそれに付随する出番数の暴力で、なのはさんがどんな無茶を言ってももう物語的にそれが通ってしまうから。

上に、「なのはとティア(新人)がモメていた問題なのに、その解決をシグナムとシャーリーがやってしまった」と書いた。
なぜそれで納得感が出て機能したかというと、これも彼女たちが「なのはの理解者で彼女の本当に意に添わないことは一切しない」人物だからだ。
8話まででろくにしゃべらせなかった、色のついていないキャラクターにそれをやらせたのは、キャラクタの動かし方としては非常にうまい。
けれどそれ以上に、「色がないものは”なのは色”という雰囲気が、物語の中で一定の機能を持つ(解決はシグナムとシャーリーでもよかった)」こと自体、非常にかたよっている。

9話のまとまりは、”機動六課自体がなのはファミリーで、なのはの意思が肯定されている世界に見える”ことに起因している。
たしかに、今のかたちに物語を整理しておけば、13話以降で物語が急転しても、スバルやティアにも、なのはを代弁してもらう」ことだってできる。
けれど、実質的に物語はどんどん内向きに縮んで、抜本的な改善にはなっていない。
このままでは、役割が似てしまった新人4人が、キャラクタの個性まで圧縮されてキャラを生かせない展開になるようで、あやうく思える。
でなければ、機動六課内部の話が多いまま続くように思えるのだ。

整理すると、変化の方向を定めた9話に引っかかっているのは、こういうことなのだ。
前シリーズまでとまったく同じ流れで進められるとは思えない、「教官」と「新人」という複雑なかたちで、『Strikers』の人間関係は配置されている。
なのに、結局、前シリーズまでと同じ構図で物語を進めるような流れを、この9話でつくってしまったように見える。
これは、せっかくのチャンスに、7話まで物語進行をのろくして物語をちいさくしていた問題を、解決できなかった(放棄した)ということではないか?

現状、ダイナミックな人間関係の変化は、機動六課をまっぷたつに割るか壊滅させるかくらいの急展開を起こせないと無理だろうなとは思う。そんなベタな予想を、いい意味で裏切ってくれる素晴らしいサプライズがあることを、実際、本当に期待している。

最初に書きましたが、ひとつの話としてはたぶん『Strikers』で一番しっかりした話になっていたと思います。
ここから13話までで、どんな”機動六課”の姿をお客さんに見せられるかが勝負っぽいですね。

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